大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(ワ)19912号 判決

原告(反訴被告)

神田亮

被告

辻本誠

被告(反訴原告)

株式会社パナホーム城南

主文

一  本訴原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

二  反訴被告(本訴原告)は、反訴原告株式会社パナホーム城南(本訴被告)に対し、金四七万六三五〇円及び内金四五万四七二〇円に対する平成四年四月二四日から、内金二万一六三〇円に対する平成六年一一月二三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  反訴原告株式会社パナホーム城南(本訴被告)のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを一〇分し、その一を反訴原告株式会社パナホーム城南(本訴被告)の負担とし、その余を本訴原告(反訴被告)の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一事案の概要

一  事案の概要

本件は、本訴原告(反訴被告、以下「原告」という。)が、左記のとおりの本件事故によつて左下腿不全切断の傷害を負い、左膝関節部挫滅変形、左腓骨神経麻痺という後遺障害等級表第六級に該当する後遺障害を残存したとして、本訴被告辻本誠(以下「被告辻本」という。)と本訴被告株式会社パナホーム城南(反訴原告、以下「被告パナホーム」という。)に対して、その損害の賠償を求めた本訴請求事件と、被告パナホームが、本件事故によつて、その所有する車両を毀損する等の損害を負つたとして、原告に対し、その損害の賠償を求めた反訴請求事件である。

二  本件事故の概要(当事者間に争いがない)

1  事故日時 平成四年四月二四日午前零時一分ころ

2  事故現場 東京都世田谷区上野毛二丁目五番地先交差点(以下「本件交差点」という。)

3  原告車 自動二輪車(品川と九四三九)

運転者 原告

所有者 原告

4  被告車 普通乗用自動車(品川五三も八一九五)

運転者 被告辻本

所有者 被告パナホーム

5  事故態様 原告が原告車を運転し、本件現場付近の通称環状八号線(以下「本件道路」という。)を直進し、信号機のある本件交差点に直進して進入したところ、左方道路から本件交差点に進入してきた被告パナホームの従業員である被告辻本運転の被告車の前部が原告車の左前部と衝突し、原告は、左下腿不全切断の傷害を負つた。

第二当事者の主張

一  本訴

1  請求

被告辻本及び被告パナホームは、各自、原告に対し、金八七一四万九七五七円及びこれに対する平成四年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の主張

(一) 責任原因

(1) 被告辻本

本件交差点は信号機によつて交通整理のなされている交差点であるから、被告辻本は、本件交差点を通過するに際し、信号機の表示に従つて進行すべき注意義務があるところ、対面信号機が赤色を表示していたのであるから、信号機の表示に従つて本件交差点手前で停止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて本件交差点に進行した過失によつて本件事故を惹起したので、民法七〇九条により、原告に生じた損害を賠償する責任がある。仮に、そうでないとしても、原告は優先道路を走行していたから、幅員の狭い道路から優先道路に進入しようとした被告辻本は、右方からの車両の動静を注視して交差点内に進入すべき注意義務を負つているにもかかわらず、これを怠つて、交差点に進行した過失によつて本件事故を惹起したので、いずれにしても、民法七〇九条により、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(2) 被告パナホーム

ア 被告辻本は被告パナホームの従業員であり、その業務の執行中に、被告辻本の過失で本件事故が発生したので、被告パナホームは、民法七一五条一項により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

イ 被告パナホームは、被告車の保有者であるから、自動車損害賠償保障法三条により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

(二) 損害額

(1) 治療関係費 四四〇万〇四一〇円

(2) 傷害慰謝料 三〇七万円

(3) 逸失利益 六四七九万九三四七円

(4) 後遺障害慰謝料 一二九六万円

(5) 弁護士費用 一二〇万円

(6) 物損 七二万円

(7) 合計 八七一四万九七五七円

3  被告辻本及び同パナホームの主張

(一) 被告辻本

被告辻本に過失があつたことは否認し、損害は不知。

(二) 被告パナホーム

(1) 被告辻本に過失があつたことは否認し、損害は不知。

(2) 被告パナホームが被告車の保有者であることは認めるが、本件事故は、原告の過失によつて発生したものであり、被告辻本に過失はなく、かつ、被告車に構造上の欠陥及び機能の障害もなかつたので、被告パナホームは免責される。

二  反訴

1  請求

原告は、被告パナホームに対し、金五二万六三五〇円及びこれに対する平成四年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告パナホームの主張

(一) 責任原因

本件交差点は信号機によつて交通整理の行われている交差点であるから、原告は、本件交差点を通過するに際し、信号機の表示に従つて進行すべき注意義務があるところ、対面信号機が赤色を表示していたのであるから、原告は、本件交差点手前で停止すべきであつたにもかかわらず、これを怠つて交差点に進行した過失によつて本件事故を惹起したので、民法七〇九条により、被告パナホームに生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 損害額

(1) 車両損害 三八万円

(2) レツカー代 四万六三五〇円

(3) 弁護士費用 一〇万円

(4) 合計 五二万六三五〇円

3  原告の主張

原告に過失があつたことは否認し、損害は不知。

第三争点

原告は、「原告は、本件交差点の信号機の青色表示に従つて本件交差点に進入しており、本件事故は、被告辻本が、本件道路と交差する信号機の赤色表示を無視して本件交差点に進入した結果発生したものである。」と主張するのに対し、被告らは、逆に、「被告辻本は、本件交差点の信号機の青色表示に従つて本件交差点に進入しており、本件事故は、原告が、本件道路と交差する信号機の赤色表示を無視して本件交差点に進入した結果発生したものである。」と主張しており、本件事故時の本件交差点の信号機の表示が争点になつている。

第四争点に対する判断

一  本件事故現場の状況

甲五の一ないし三、証人坂本貴亮の証言、原告本人尋問の結果によれば、本件事故現場の状況は以下のとおりであると認められる。

本件交差点は、原告車が進行してきた本件道路と被告車が進行してきた幅員五・八メートル(路側帯部分を含む)の道路(以下「被告路」という。)が交差する、信号機によつて交通整理の行われている交差点である。

本件交差点付近の本件道路は直線で見通しが良く、原告の進行してきた側から見て、本件交差点の対面信号は十分に確認できる。一方、被告路から見て、右側の本件交差点の第三京浜道路側の角にはスバル上野毛店があり、本件交差点の角にはブロツク塀があつて、被告路の停止線付近から右側の第三京浜道路側の見通しは悪くなつている。また被告路から見て、左側の本件交差点の玉川通り側の角にはモービル石油のガソリンスタンドがあり、モービル石油のガソリンスタンドからは、本件道路の原告が進行してきた第三京浜道路側の見通しは良く、本件道路上を走行している車両の様子や本件交差点の信号の状況は十分に確認できる。

本件道路の制限速度は詳細は不明であるが、法定速度の時速六〇キロメートル、若しくは時速五〇キロメートルであると認められる。

二  坂本供述及び原告の供述

1  坂本供述の概要

本件事故の目撃者である訴外坂本貴亮(以下「訴外坂本」という。)は、証人尋問期日において、本件事故の状況を、概ね、以下のとおり供述している。

本件事故当時、本件交差点の西北側角に所在するモービルガソリンスタンドで働いていた。勤務時間が終わり、夜勤のアルバイトの人と引き継ぐために待つていたときに、本件事故を目撃した。

本件道路からガソリンスタンド内に六メートルほど入つた付近に立つて、本件道路の第三京浜道路方面(原告が進行してきた方向)を見ていたところ、スバル上野毛店より若干第三京浜道路側付近の本件道路上を本件交差点に向かつて進行してくる原告車を発見した。原告車は、歩道から二番目の車線(以下「第二車線」という。)を直進していたように思う。速度は、時速七〇から八〇キロメートル程度だつたと思う。他の車両は走行しておらず、また、自分が立つていた位置からは、建物等もなく、本件道路上の視界を遮るものはなかつたので、原告車の様子はよく見えた。本件道路は、明るいとは言えないものの、暗くもなく、原告車のライトと影で原告車を確認できた。原告車を初めて発見したときには、原告車の対面信号は、既に赤色を表示していた。

一方、ガソリンスタンドとスバル上野毛店の間にある被告路の本件交差点手前の停止線付近に、対面信号が赤色で、信号待ちをしている被告車が停止していることは分かつていた。原告車は、対面信号が赤色を表示しているにもかかわらず、速度を落とさず、そのまま直進してきたため、被告車の信号が青に変わつて被告車が本件交差点内に進入してくると、原告車と被告車が衝突し、危ないと思つた。原告車を見てすぐに、被告車の対面信号を見ると、青色を表示していた。被告車は、対面信号が青に変わつていたので、時速約一〇キロメートルくらいで発進し、徐々に加速して本件交差点内に進行していつたところ、発進後一秒ほどして、本件交差点内の第二車線上で、右方から進行してきた原告車の左側に被告車の前部バンパー付近が衝突した。衝突後、原告車は、右前方に二五メートルくらい滑走して行つた。

初めて原告車を発見してから本件事故が発生するまでの時間は、二、三秒だと思う。初めて原告車を発見した地点は、本件交差点の第三京浜道路側の停止線から二〇メートルくらいの地点のスバル上野毛店付近だつたと思う。

2  原告供述の概要

原告は、原告本人尋問期日において、本件事故の状況を、概要、以下のとおり供述している。

本件道路を第三京浜道路方面から玉川通り方面に向かつて、時速六〇ないし七〇キロメートルの速度で進行していた。本件事故現場付近では、歩道側の車線(以下「第一車線」という。)を走行していた。前方を走行する車両はなかつた。

スバル上野毛店の前で、ちらつと店頭に飾つている車を見て、その後対面信号を見た。スバル上野毛店に差し掛かつた付近で対面信号が青色から黄色に変わるのを見た。対面信号が青色から黄色に変わるのを見た後は衝突するまで、対面信号を確認していないので、本件交差点進入時に対面信号が赤色に変わつていた可能性は否定できない。対面信号機の表示が青色から黄色に変わるのを見て、このまま本件交差点を通過できると判断し、加速したかは明確ではないが、少なくとも減速はせずに、本件交差点に進入した。

第一車線を走行して本件交差点内に進入したが、本件交差点の第三京浜道路側の横断歩道を通過したあたりで、被告車に気づいた。被告車に気づいたときは、被告車は原告車の一、二メートル先に迫つてきていたので、とつさに避けようと右にハンドルを切つたが、第二車線上のやや第一車線側地点で被告車の前部に原告車が衝突し、右前方に滑走した。被告車は前照灯を点けていなかつたと思う。

三  各供述の信用性

1  坂本供述の信用性

(一) 目撃状況

訴外坂本が本件事故を目撃した際、訴外坂本が立つていた地点から見て、原告の対面信号及び本件道路の原告車の進行方向の視界を遮るものはまつたくない。また、本件道路の照度も、明るいとは言えないものの、暗くて明確な確認ができないという状況ではなく、しかも、夜間とはいえ、原告車の前照灯を見て原告車を最初に発見した地点を特定していることや信号機の表示を確認しているのであるから、本件道路の照度は、坂本供述の信用性を損なうものではない。

このような、訴外坂本の本件事故の目撃状況は、坂本供述の信用性を十分に担保しうるものである。

(二) 供述内容の合理性及び一貫性

(1) 訴外坂本は、原告車を発見した際の原告車の位置は、停止線手前二〇メートルくらいの地点と供述している。また、停止線と衝突地点までの距離は、甲五の三の図面の縮尺から算出すると、約一五メートルとなる。したがつて、訴外坂本が初めて原告車を発見してから、原告車と被告車が衝突するまでの間、原告車は約三五メートル移動したことになる。訴外坂本は、原告車を初めて発見してから二、三秒後に本件事故が発生したと供述しているので、これから推測される原告車の速度は、時速約四五キロメートルないし約六五キロメートルとなる。これら坂本供述の供述内容は、格別不自然、不合理な点は見受けられない上、前記のとおり、原告は六〇ないし七〇キロメートルくらいで原告車を進行させていたと供述しており、坂本供述の供述内容は原告の供述する原告車の速度と符合している。

次に訴外坂本は、被告車が時速一〇キロメートル程度からゆつくりと加速して衝突したと供述している。被告車が停止していた停止線と衝突地点との距離は、約一六・二メートルである。訴外坂本は、被告車は、発進後一秒くらいで原告車と衝突したと供述しているが、一秒で衝突したと断定しているものではない上、元々、時計等で正確に計測したものではないので、被告車が発進後、原告車と衝突するまでの時間に多少の差異が生じることはやむをえない。仮に、被告車が発進後三秒で原告車と衝突したとすると、被告車の速度は時速約二〇キロメートル程度と推定でき、衝突に至るまでの被告車の速度としては、格別不合理な速度、時間関係ではないと言える。

(2) 訴外坂本は、原告車の進行速度を時速七、八〇キロメートルと供述しているが、原告車の進行状況についての供述から推認できる原告車の速度は時速約四五キロメートルないし約六五キロメートルであることは、前記のとおりであつて、若干の食い違いが認められる。しかしながら、速度についての供述は、その速度を正確に計測したものではなく、元来推測を述べているに過ぎないのであるから、速度に関する供述が若干の正確性を欠くからといつて、坂本供述全体の信用性を損なうものではない。

また、被告車が発進後、原告車と衝突するまでの時間についての供述部分も、前記のとおり、時計等で正確に計測したものではないので、多少の差異が生じることは、供述の性格上やむをえず、この程度の食い違いは、坂本供述全体の信用性を損なうものではない。

さらに、訴外坂本は、原告車を最初に発見した際の原告車の走行地点については、本件交差点から約二〇メートル第三京浜道路方向のスバル上野毛店前付近と供述している。訴外坂本が、夜間、主として原告車の前照灯で、原告車を最初に発見した地点を特定していることから、原告車の走行地点について若干の誤差が認められるとしても、そのことから訴外坂本が、本件交差点内、若しくは、本件交差点の直前を走行していた原告車を、本件交差点から約二〇メートル第三京浜道路方向のスバル上野毛店前付近を走行していたとまで誤認したとは考えられない。しかも、訴外坂本は、原告車を初めて発見した際には既に原告車の対面信号が赤を表示していたと明確に供述しているのであり、その後、本件事故までの間に対面信号機の表示が赤色から青色に変化するとは認められない。したがつて、坂本供述中の、原告車を発見した際の原告車の走行地点、原告車の速度について、若干のあいまいな点が認められるとしても、訴外坂本が原告車を発見した際に原告車の対面信号機が赤色を表示しており、その後、原告車が交差点内に進入し、本件事故が発生したときにも、原告車の対面信号が赤色を表示し、被告車の対面信号が青色を表示していたとの坂本供述全体の信用性まで損なうものではない。

また、原告は、第一車線を走行してきたと供述しているところ、訴外坂本は、原告車は第二車線を走行してきたと思うと供述している。仮に、原告の右供述部分が信用できるとしても、坂本供述は、原告車が第二車線を走行していたと断定はしていないのであり、夜間、主として原告の前照灯で、原告車を最初に発見した地点を特定しているのであるから、仮に第一車線を走行していた原告車を第二車線を走行していたと誤認したとしても、その事実だけで、坂本供述全体の信用性を損なうものではない。

(3) しかも、訴外坂本は、原告車を初めて発見した際には既に原告車の対面信号が赤を表示していたこと、被告車は本件道路と交差する対面信号が青色を表示している際に発進していること、原告車を初めて発見してから二、三秒後、被告車が青信号で発進してから約一秒後に本件事故が発生したことなどを明確に供述しているのであるが、その供述内容は、反対尋問を経ても動揺することなく、一貫しており、かかる坂本の供述状況は、その信用性を高めるものである。

(4) 以上のように、坂本供述は、最も重要な関心事である信号機の表示については、明確、かつ、一貫した供述をしており、その供述内容も、原告車を初めて発見した際には既に原告車の対面信号が赤を表示していたこと、被告車は本件道路と交差する対面信号が青色を表示している際に発進していること、原告車を初めて発見してから二、三秒後、被告車が青信号で発進してから約一秒後に本件事故が発生したことなど、具体的であり、不自然、不合理な点も認められない。

(三) 供述の客観性の担保

訴外坂本は、原告及び被告辻本の双方と全く面識がなく、被告パナホームとの関係も、本件事故後、被告パナホームの車両が給油にきたことがあるだけで、格別の関係にはなく、坂本供述の客観性は担保されており、訴外坂本に虚偽の供述をする理由は見当たらない。

(四) 結論

以上の次第で、訴外坂本が原告車を最初に発見した際の原告車の対面信号は赤を表示しており、したがつて、原告車が本件交差点内に進入した際の原告車の対面信号も赤色であつた旨の坂本供述は十分に信用できると認められる。

2  原告供述の信用性

(一) 原告は、対面信号機の表示が、青色から黄色に変わつたのを確認した地点は、スバル上野毛店付近であると供述しているが、スバル上野毛店付近であることを確認した状況について、当初は、「スバル上野毛店の前で、ちらつと店頭に飾つてある車両を見て、その後信号を見た。まつすぐ前を見ていた状態で、首を横に振つて確認した。」と供述していたにもかかわらず、その後、首は振らずに、視線を移して確認した旨、若干供述を変遷させている。また、確認状況についても、当初は、「スバル上野毛店の方をちらつと見た」と供述していたにもかかわらず、その後、「特に意味はないが、意識的にスバル上野毛店を見て確かめているので、スバル上野毛店付近に間違いない。」と変遷させている。このような原告の供述状況に加え、原告が高速で移動中であつたことに鑑みると、原告が、対面信号機の表示が青色から黄色に変わつたのを確認した地点についての記憶の曖昧さをうかがわせる。

また原告は、本件事故直後、被告側の加入している保険会社の担当者が原告と面談した際には、原告は、記憶が定かではなく、原告本人尋問で供述したような内容を伝えていないと供述している。信号機の表示が、事故の態様として最も重要な内容であることは、原告自身も十分に理解できるものであり、もし、当時、原告の供述するとおりに記憶していたのであれば、当然、保険会社の担当者に、その旨話しているはずであり、原告が保険会社の担当者に、供述と同内容の話をしていないということは、原告の当時の信号機の表示についての記憶が、供述内容と異なつていることをうかがわせる。

さらに、原告自身も、本件交差点内に進入した際の対面信号機の表示が赤色であつた可能性を否定していないことも考えあわせると、原告が、対面信号の表示が青色から黄色に変わつたのを確認した地点は、スバル上野毛店の前付近ではなく、より第三京浜道路寄りの地点との疑いが否定できない。

(二) 以上の次第で、原告の供述中、青色から黄色に変わつたのを確認した地点は、スバル上野毛店付近であるとの供述部分は採用できない。

四  結論

1  本件事故の態様

以上の次第で、本件事故は、原告が、対面信号が赤色を表示しているにもかかわらず、交差道路からの車両はないと軽信したか、若しくは、交差道路からの車両が交差点内に進入してくる前に本件交差点を通過できると考えて、本件交差点内に直進して進入したところ、被告路の対面信号が青色に変わつたため、右信号に従つて本件交差点に進入してきた被告車と衝突したものであると認められる。

2  原告の責任

右認定のとおりの本件事故の態様によれば、本件交差点の対面信号機が赤色を表示していたのであるから、原告は、信号機の赤色に従つて本件交差点手前で停止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて交差点に進行した過失によつて本件事故を惹起したと認められるので、原告は、民法七〇九条により、被告パナホームに生じた損害を賠償する責任がある。

3  被告辻本の責任

本件交差点は、幹線道路における信号機によつて交通整理の行われている交差点であるところ、被告辻本は、赤色信号にしたがつて停止線で停止後、青色信号にしたがつて発進して交差点内に進入したものである。このような場合、自動車運転者としては、信号機の表示に従つて進行すればよく、特別な事情のないかぎり、信号機の表示を無視して右方から本件交差点内に進入してくる車両があることまで予測して進行すべき注意義務はないと認められる。したがつて、「原告は優先道路を走行していたから、幅員の狭い道路から優先道路に進入しようとした被告辻本は、右方からの車両の動静を注視して交差点内に進入すべき注意義務を負つている。」との原告の主張は採用できない。

そこで、右特別な事情が認められるかについて検討するに、本件では、被告辻本は、青色信号にしたがつて発進した際には、原告車は、本件交差点から少なくとも二〇メートル以上第三京浜道路側に離れた地点を走行していたこと、被告車の停止していた地点からは、被告車の対面信号が青色に変わつた際に、右方から進行してくる原告車を確認することは不可能な状況であつたことが認められ、他に通行車両もなかつたのであるから、信号機の表示を無視して右方から本件交差点内に進入してくる車両があることまで予測して進行すべき特別の事情は認められない。

よつて、対面信号の青色表示にしたがつて交差点内に進行した被告辻本には、過失は認められないので、被告辻本は、民法七〇九条の責任は負わない。

なお、原告は、被告車は前照灯を点灯していなかつたと思うと供述しているところ、右供述も、前照灯を点灯していなかつたと断定しているものではなく、かつ、原告の右供述以外に証拠がないため、被告辻本が被告車の前照灯を点灯していなかつたと認定できるか疑問が残らざるをえない。また、仮に、被告辻本が前照灯を点灯していなかつたと認められるとしても、右のような原告車の進行状況に鑑みると、被告車の前照灯の無灯火は本件事故とは因果関係が認められないので、これによつて、被告辻本に民法七〇九条の責任を認めることはできない。したがつて、被告車が前照灯を点灯していなかつたとの事実が認められたとしても、被告辻本が民法七〇九条の責任を負わないとの結論が左右されるものではない。

4  被告パナホームの責任

右のとおり、本件事故に関し、被告辻本には、過失は認められず、被告辻本は、民法七〇九条の責任は負わないので、被告パナホームは民法七一五条の責任を負わない。さらに、本件事故は、原告の過失によつて発生したものであり、運転者である被告辻本及び保有者である被告パナホームには過失が認められず、かつ、被告車には構造上の欠陥及び機能の障害がなかつたと認められるので、被告パナホームは自動車損害賠償保障法三条の責任も負わない。

なお、自動車損害賠償保障法三条但書の運転者の過失とは、損害賠償責任を定めた同条の趣旨に鑑みても、当該事故と因果関係の認められる事実についての過失と解すべきであるところ、前記のとおり、被告車の前照灯の無灯火は本件事故とは因果関係が認められないので、仮に、被告辻本が前照灯を点灯していなかつたとしても、被告パナホームが免責されるとの右結論を左右するものではない。

第五被告パナホームの損害額

一  車両損害 三八万円

乙一及び証人富樫宏尋問の結果によれば、本件事故により被告車は全損したが、被告車の本件事故時の車両価格は三八万円と認められるので、本件事故によつて被告車が毀損したことによる被告パナホームの損害は三八万円と認められる。

二  レツカー代 四万六三五〇円

乙二の一ないし四及び証人富樫宏尋問の結果によれば、被告パナホームが原告車と被告車をレツカー移動し、その代金として、原告車分が二万一六三〇円、被告車分が二万四七二〇円の合計四万六三五〇円を支出したことが認められる。このうち被告車分については、被告パナホームが原告の不法行為によつて受けた損害として、また、原告車分については不当利得返還請求として、それぞれ原告に対し、その支払いを請求できると認められる。

ところで被告パナホームは、右の原告車分二万一六三〇円の請求についても本件事故の日である平成四年四月二四日から遅延損害金の支払いを求めているところ、右の原告車分二万一六三〇円の請求は不当利得の返還請求と認められるので、右債務は、期限の定めなき債務として、請求の時から遅滞に陥ると解される。本件で、被告パナホームが原告に対し、証拠上、明確に、その返還を請求したと認められる日は、反訴状送達の日である平成六年一一月二二日と認められる。したがつて、遅延損害金は、その翌日である平成六年一一月二三日から請求できると解すべきである。

三  弁護士費用 五万円

不法行為に基づく損害賠償請求である被告パナホームの車両損害及び被告車のレツカー代については、本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は五万円と認めるのが相当である。また、不当利得返還請求である原告のレツカー代の請求については、弁護士費用を認めるのは相当ではない。

四  合計 四七万六三五〇円

以上の次第で、被告パナホームの損害額は、車両損害及び被告車のレツカー代について四五万四七二〇円、原告のレツカー代について二万一六三〇円の合計四七万六三五〇円と認められる。

第六結論

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がなく、被告パナホームの反訴請求は、原告に対し、金四七万六三五〇円及び内金四五万四七二〇円に対する本件事故の日である平成四年四月二四日から、内金二万一六三〇円に対する反訴状送達の日の翌日である平成六年一一月二三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

(裁判官 堺充廣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例